私たちが大切にするべきものは何だろう? 大切にするってどういうこと? 日々を綴る中で、片鱗に触れられたら幸せです。

自分を信じるということ

今日はこんな記事を見つけて、あぁと納得。

「カウンセリングは、問題解決でも、何かを変えるのでもない。」

http://s.ameblo.jp/kokoro-ya/entry-11910720411.html



仕事を辞めて、内面を見つめる時間に恵まれています。
というより、日々自分で決めて動くという生活を通して、一つ一つの行動や周りの出来事が、自分の心をそのまま反映しているのだと気づき始めました。


そして、そういう人や言葉に出会うのです。

「すべては自分の中にある。」
「直感を信じる」


人との出会いに恵まれているのは、自分が率直に出会いを望んでいるから。そして、絶対最高の出会いに恵まれると信じているから。
大学の先生や海外で会った人々、職場の大先輩、地元に帰ってきてから出会う人々…。自分が志を持っている時には、必ずふさわしい人が現れて、技術以上の何か、生き方の指針みたいなものをその姿勢として見せてくれるのです。最初の問いに答えるわけではなく、もっと本質的な問題をついて出てきます。
最初はアフリカの貧困問題を機に突っ込んだ国際の世界で出会った先生は、人や社会と向き合うことを教えてくださいました。
そこで自分が進んだ特別支援教育現場で出会った先生は、色々な面を持つ一人の人が社会で生きるってどういうことかを一緒に考えてくださいました。
その時どきに考えて動いてきたことが、今の自分に繋がっています。

一方で、臆病で自信のない自分も無視できなくなってきました。

①肩書きや技術や経験がないとできないと思っている自分。

留学に行きたかったけれど、もっと英語力をつけないと行けないと思っていた。国際協力の現場に行きたかったけれど、専門性がないと行けないと思っていた。
そして今。一流の技術がないとカフェを開けないと思っている自分に気づいたのです。

②人に合わせたい自分。
人と話すのが大好きな私ですが、
@その感覚がわからない。
@私とは違う。
@そんな理想ばっかり言っても…。

と言われると、急に不安になり、相手に合わせたセリフを探す自分がいました。

そりゃそーでしょ。
違う人間なんだから!

と、時間がたてばわかるのですが、自分の感覚が間違っているのでは、という前提が自分の中であるので、咄嗟にそういう反応が出てくるようです。

何か事を始めるときに、やたら相談するのもここかなと思いました。

どうやら誰もわかってくれない。
うまくいかないかもしれない。

どうやらそう思えばそうなるし、逆を思えばそうなるようです。


でも、それはまだ目には見えません。どんな形になるかわからない。

それを不安に思うか、楽しみに思うか、やっぱり自分次第なのですね。